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秒速5センチメートル


秒速5センチメートル 通常版 「泣ける映画が必ずしも良い映画じゃない」とは『子ぎつねヘレン』を見て号泣してしまった爆笑問題太田の言葉だが、この作品を見終わった時、「ああ、これがそうか」とすぐに思い出した。全く涙は出なかった。ただ心が締めつけられるような痛み、速くなった鼓動、目の前にモヤがかかったような感覚だけが残った。そしてそれらが落ち着いた時、最初に感じたのは、新海誠への愛情にも似た憧れとある種の親近感だった。この作品に限らず新海が度々批判の対象になるのは、見る側の中にかなりの割合でこの親近感を感じられない人間が存在することが原因だと思う。逆に一部の人々が彼を絶賛するのもまた、親近感が全てだと言っていいだろう。おそらくこの作品には「まあまあ良かった」という評価はないはずだ。境界線のこちら側で見ることができるか、あちら側から傍観するかで全く違った感じ方になると思う。心の隅に、かすかに、しかしいつまでも残っている何かを無理矢理映像にしたような性質の作品であるため、少し説明不足にも思えるが、この説明できていない部分は、きっと作った新海にも分からないのではないだろうか。そしてその説明できない『何か』とはおそらく、ものすごく恥ずかしい、誰にも見られたくない類の感情だ。そう考えてやっと、作品を見た後に残った新海への親近感の正体は、断片的とはいえ自身の生々しい感情を日本中に公開した勇敢さへの尊敬と、自分の中にも説明できない『何か』があることに気づいた共有感覚なのだと気づいた。ストーリーはリアリティに欠ける部分もあるが、では現実ではどうなるべきなのか、見終わって感じた共有感覚を頼りに記憶の糸をたぐり寄せてみても、なぜか何も引っかかるものがなくて驚く。経験もないのにそんな気になっていたのか、すっかり忘れてしまっているだけなのかは分からないが、それを思い出すには自分は大人になりすぎてしまったのだと気づいて、また胸が締めつけられる。きっとこの作品を素晴らしいものとして受け取ることができるのは、新海と同世代か、精神年齢の近い人間だけなのだろう。若すぎればモヤモヤした『何か』はすぐ目の前にあるし、歳をとりすぎれば色々なものを忘れ去ってしまう。今の新海誠が、今の自分に絶妙のタイミングでこの作品を届けてくれた事をとても幸せに思います。 続きを読む

天然コケッコー


天然コケッコー』見てきましたよ。普段は行っても年に1度ぐらいしか映画館に足を運ばない俺にとって、月に3度も映画見に行くなんてちょっとした革命です。 いやー、しかし甘酸っぱかったわ。いい歳したオッサンが暗闇の中で何度も悶えそうになった。これ家でDVDで見てたら、絶対に「あー!もー!」 って言いながら床ゴロゴロ転がってフローリングが綺麗になってると思う。まーなにせ夏帆の可愛さが尋常じゃない。いや、可愛いってよりはむしろ美しい。この場合の美しいってのは美人だから付き合いたいとかじゃなくて、水晶玉が綺麗だからずっと眺めてると幸せとかそういうのと同じベクトルの美しさ。こんな神々しいのに突き詰めていけば俺とほぼ同じ組成率の人体だと思うと、人間って不思議だ。 とりあえず映画見る前に原作を読みたかったけど、時間の都合で半分までしか読めてない状態で見た。半分しか読んでない俺から見ても、ストーリーはかなり原作に忠実だったんじゃないかと思う。ただ、原作に忠実であるが故に気になった部分がいくつかあった。当然2時間に原作のエピソード全部入れられるはずないから所々はしょるのは仕方がないとしても、お父さんの不倫疑惑がはっきりしなかったのはちょっと物足りなかったな。このへんはまだ追いついてないんで、原作ではきっと全部描いてあるんだと思うけど。それから、シゲちゃんはもっと気持ち悪くないとダメだと思った。映画独自の演出でかなり気持ち悪さが強調されてた(神楽を見ながら知り合い自慢するとことかは最高だった)けど、俺の中でシゲちゃんはもっと異界の住人みたいな人をイメージしてたので。それと、お父さんを佐藤浩市にしたのは失敗じゃないかな。佐藤浩市だとただの厳格なお父さんって感じで原作の理不尽さがイマイチ伝わってこない気がした。見ててイラッとするぐらいじゃないと。 まーそんな文句も原作に忠実だからこそ気になるだけで、そもそもこの映画は甘酸っぱさを味わうための、見た人の心にはちみつレモン的なものをギュウギュウにぶっこんでやるための映画なんで、そういう意味では大成功だったと思う。これでひとまずここ最近の見たかった映画は全部消化したんで、またしばらく引きこもりだな。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序


オタクらしく生きるために、エヴァ見てきたよー。といっても、実は俺エヴァのことあんま詳しくありません。一応TVシリーズは1回通りだけ全部見てるけど、それも友達の家に泊まった時にやることなくて、夕方から次の日の朝までぶっ通しで全話見ただけだから。最後の方疲れちゃっててあんま覚えてないし。その後別の友達と劇場版を見に行ったけど、通して見たのが1回だけだし最後の方覚えてないしでなんかもうよく分かんないまま俺の中でのエヴァは終わってました。 で、今回そんな俺がなんでまた劇場版を見に行ったかと言うと、 まず1つは「俺オタクだから見とかないと!」という、自分でもイマイチ理解できない変なプレッシャー。最近友達にもオタクとして認知されてるので、不意に「エヴァ見た?」って聞かれて答えられないのが嫌っていう、本当に意味が分からないけどどうせオタクなら中途半端になりたくないという気持ち。そして2つ目は「どんな奴が来てんだろ?」という純粋な興味。こんな岡山の片田舎にも確実にオタクはいるはずなので、「エヴァの劇場版見に行けばテレビで見るようなオタクがいるかも!」という期待です。さらに言えば「そんなオタクを見て、俺はまだ大丈夫だと安心したい」という前述の中途半端になりたくないというのと相反する複雑な感情。オタクの心は繊細です。 そんな2つの決意を胸に、肝心のエヴァへの興味を置き忘れたままいざMOVIX倉敷へ。オタク(仲間)が見たいからってわざわざレイトショーを選ぶあたり、抜かりがないぜ・・・。 んでまあ一応結果を書いておくと、やっぱりいました。館内に何人かそれっぽい人はいたんですが、ちょうど俺の隣がチェックのシャツにチノパンにリュックという、あまりにもパブリックイメージそのもので逆にコスプレか?って思うような一番分かり易い3人組でした。そんで、有名な台詞が出てくる度に3人で「出たー!(小声)」とか言い合ってました。本当ならこれはマナー違反なんでしょうが、俺的には良いもの見せてもらった感でお腹一杯でしたよ。一番笑ったのは、綾波の名台詞のシーン。 綾波「ごめんなさい。こういうときどんな顔をすればいいかわからないの。」 シンジ「わ・・・」 オタクA「笑えばいいと思うよ。」 オタクB「笑えばいいと思うよ。」 オタクC「笑えばいいと思うよ。」 はえーよ!お前らが先に言うなよ!お前らの声は綾波に届いてねーよ!っていう。あとはそうだなー、映画そのものは予想通りでした。「リメイクでも続編でもない全く新しいエヴァ 」とか報道されてたのを、「ああ、リメイクか」って思っといて良かった。ただ、それは今回だけの話で、予告編によるとここから先はまるっきり違う話になってるみたいです。違う話っていうか、違う視点から今までのエヴァを見せるって感じなんだろうけど。知らない登場人物とか出てきてたし。 ひとまず良いものが見れたので、続きはDVDでもいいかなーと思ってます。気が向いたらまた行こうかな。

夕凪の街 桜の国


遅まきながら『夕凪の街 桜の国』を観てきました。うーん、正直ちょっと微妙だったなぁ。ものすごく期待してハードル上げてたつもりもないのにこの感想になってしまうのは、やっぱり原作が印象的すぎるからかもしれない。周りからは鼻をすすってる音が聞こえたし、一緒に行った友達も泣いてたからきっと普通に良い映画なんだろうとは思うけど、ちょっと演出過多な印象が否めなかった。前半部分は麻生久美子で後半は田中麗奈という、最高とまでは言わないけど少なくとも最高級の配役(麻生久美子は上手いんだか下手なんだかよく分からない所が魅力ですよ)をしてるんだから、あそこまで原作に忠実に、さらに言えば原作に忠実に書いた脚本にしなくてもいいんじゃないかと思った。その割に後半のストーリーとかちょっといじってあるのも意図がよく分からなかったし。なまじ原作を知っているので、セリフ回しの違和感とかが目立って、「えー、田中麗奈ってこういう役もっと上手いんじゃないの?」とかばかり思いながら観てしまい、なんか損した感じ。もっとこの2人の若い役者に好きに演じさせた方がきっと良い映画になったと思う。マンガはマンガ、映画は映画で良かったんじゃないかな。あ、でもマチャアキは良かったです。バラエティに出てるマチャアキには軽い殺意すら覚えますが、役者としては嫌いじゃないな。あとはそうだな、田中麗奈が殺人的にかわいかったってぐらいか。田中麗奈とは夢の中でなら一緒に旅行に行くほどの仲なので、もう麗奈のことは知り尽くしてます。後は出会うだけです。記者会見の日は近い! 『天然コケッコー』も見に行くつもりですが、 今はとりあえず昔5巻ぐらいまで読んでほったらかしにしてた原作を読み返してるところです。こちらは信頼できるレビュアーから賞賛されまくってるので、かなり期待してます。楽しみ。

素晴らしいマンガ作品が汚される消費社会


なんか最近マンガ原作の映画やドラマが多すぎじゃないですか?昔は好きなマンガが映画化したりすると、その出来不出来に関わらず「自分の好きな作品が公に認められた」気がして嬉しく感じたりもしてましたが、今はちょっと違いますよね。そんなの昨日今日始まったことでもないのになんで今さらこんなこと言うかっていうと、『ミヨリの森』を見たからです。実際見るまではジブリ製作って聞いてたから全然期待してなかったし、むしろ多くの人に知られることで本が売れたりして小田ひで次が潤えばいいなぁぐらいの感覚だったんです。才能がある人はその才能に見合った対価を享受するべきだと思ってるので。でもね、いくらなんでもあれはひどすぎるわ。あれじゃあ小田ひで次がジブリのパクリマンガ描いてる人だと思われてしまう。大体なんでジブリはいつも原作の良いところをわざわざ改悪するのか。今回の『ミヨリの森』で一番ひどかったのはおばあちゃん。あれじゃ普通の田舎のばあさんじゃん。それと話題づくりなのかもしれないけど、アナウンサーやタレントに声優やらせるのとか痛すぎる。山ちゃんも怒ってます。馬鹿にも分かるように作ったら逆に訳分かんなくなってるアニメ版を見てあんまり面白くないと思った人は、ぜひ原作の方を読んでみて欲しい。マンガなんて所詮エンターテイメントだし、難解だからこそ素晴らしいなんて微塵も思ってないけど、マンガでも映画でも音楽でも、やっぱりある一定の水準を超えてる作品は、誰にでもは理解できなくて当然だと思う。最近のテレビや映画は馬鹿に合わせて作ってるものが多すぎる気がする。今やってるドラマなんて、たとえ全話見ても何も得られないと断言できる。 『夕凪の街 桜の国』 と『天然コケッコー』を見に行こうかと思ってたけど、『ミヨリの森』見たらなんか怖くなってきたなぁ。『天然コケッコー』はくらもちふさこがほめてたから大丈夫だとは思うけど、『夕凪の街 桜の国』は絶対駄作にしちゃいけない作品だからなぁ。あー不安だ。